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2015/11/30

雪の中で

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まりの寒さに目が覚めた。
布団の中でどんなに屈伸運動をしてももう一度夢の中へ戻れるほどの
熱量は生み出せないと判断し、上半身だけで起き上がった。
 
時計を見てみると午前8時54分――今が冬だとしても、
まあまあ日が照っていてもおかしくない時間のはずなのに、
この凍てつくような寒さはなんだ。
 
そういえばやけに外が静かだ。
締め切った障子の向こうはぼんやりと白く光っている。
雨が降ってるわけではなさそうだ。
 
直接冷たい畳の上を歩きたくはなかったので、散らかった服を
踏みながら障子まで近づき、外の様子を確認し、
思わずため息が零れた。
 
(一面銀世界)
 
本など慎む方ではないが、その言葉がパッと脳裏に浮かんだ。
頭の中の世界で、さらに見えてきたもの。
正確に言えば最初に浮かんだときから、そいつはいたんだが。
 
自分のことを宇宙人だと言い、シノサキユキホという友達を探している変わった同級生。
星咲雪乃は学校の裏山の不法投棄のゴミ山の中にある、家庭用の小さな物置小屋に住んでいる。
目にするものすべてに感動し、はしゃぐ姿は子供のようで、
この雪を見て、今頃はしゃいでいることだろう、と考えた。
 
いや、待て。
あいつは4つの子供よりもずっと無知で、どちらかといえば
この寒さの中、あの建付けの悪そうな薄い物置小屋で寝ていることを問題視すべきじゃないか。
最低限の生活をする星咲はとても、言ってしまえば危機感がない。
 
いつもゴミの中から布団などを再利用していると言っても…
もしかしたら物置小屋の中で凍死してるのではないだろうか。
雪を見る星咲の笑顔が途端にモノクロに切り替わった。
 
すぐに連絡が取れる相手ではないので、直接会いに行くほか安否を確かめる方法がなかった。
せっかく行くなら、と家に余っている毛布や
自分が小さい頃着ていたジャケットなどを大きめの袋に詰める。
 
星咲の顔を思い出すと居ても立ってもいられない自分にほのかに体温が上がった。
きっと恋なんかじゃない、あいつが無防備過ぎるのが悪いんだ。
言ってみれば自分は保護者だ。だからこんなに心配なんだ。
 
茶の間に行くと、母親がコタツでみかんを食べながらお茶を啜っていた。
昔ながらの日本の風景に、鼻から抜けたような笑いが出る。
母はとくに自分に関心を持っていないようで、テレビに夢中だ。
 
朝ご飯を適当に摘まんで行こうと台所に行くと、甘酒の素が置いてあった。
液状の少し硬めの袋に詰められたそれを持ち上げる。
記憶を辿り、甘酒の味を想起する。暖かくてココアよりも優しい味で、舌の上に残る粕がまた美味しい。
この味を星咲は知っているだろうか。
 
「母ちゃん、甘酒作ってもいい?」
「いいよー」
 
アツアツに煮立たせた甘酒を大きめの魔法瓶に入れてリュックに詰めた。
残りは、まあ、今コタツで茶を啜っている母が重い腰を上げてこっちに来た時に
見つけてどうにかするだろう。
 
ついでにミカンを4つほど吟味して取り、家を出た。
近所の人に見つかったら家出か旅にでも出るように見えるかもしれない。
そのくらい心臓がドキドキしてることは確かだが、とにかく急がねば。
 
人通りの少ない農道の坂道の途中に公衆電話がある。
その前に汚い祠と、雑木林の坂。
前に来たときはまだ夏で、草木をかき分け入っていくのは容易じゃなかった。
今回は今回で、誰も踏み慣らしていない雪で白くなった壁を登らなければならない。
 
荷物を落とさないように慎重に登ると、あたりは真っ白だった。
 
「星咲の足跡はない…」
 
会える期待よりも会えなくなるんじゃないかという心配が強くなる。
雪の積もった物置はしんとしていて、そっと戸を叩いた。
 
「…高宮城だけど、星咲、いるか?」
 
すると、そろそろと物置小屋の戸が開いた。
 
「高宮ジョーくん」
 
震えて泣きそうな顔をする星咲にぎょっとする。
慌てて持っていた毛布やなんかを差し出すと、いいから入ってと中に誘われた。
 
中は想像以上に狭く、星咲との距離が近い。
その事実にどうしようもないくらい体温が上がる。
ただ、思っていたよりも寒くはなかった。ダンボールやブルーシートといった
ホームレス御用達の暖房対策の賜物と言えばいいのだろうか。
 
「来てくれてありがとう」
 
しばらく無言だった空間で星咲がボソっと呟いた。
肩が揺れた。
星咲はこんなおれですら頼りにしてくれるから、だから放っておけないんだ。
 
どういたしまして、と言うのも変だし、しばらく宙を見ながら
えーとかあーとか言ったあとに、甘酒の存在を思い出した。
準備するおれを不思議そうに星咲は見ていた。
 
魔法瓶からドロドロとした液が湯気を放つ。
物置小屋の空気がほんの少し上がった気がした。
 
「甘酒だよ。飲んだことある?」
 
力なく首を横に振る星咲にそっと手渡す。
少しだけ触れた指先はとても冷たく、まさかどこか悪いんじゃないかと心配になった。
 
「酒って…確か日本では20歳以上の飲酒は禁止されてるんじゃないの?」
 
こいつは。
思わず眉間に皺を寄せてしまいそうになったが、いや待て、
チョコレートやキャラメルの存在も知らなかった奴だ。
一から説明するのも面倒で、日本の文化でこれは小さい頃から飲んでもいいんだと伝えた。
 
恐る恐る口をすぼめて飲む姿はいちいち愛らしく、
至近距離で見ているためか、鼓動が早くなるのを感じた。
今まで元気のなかった星咲の目がキラっと輝いた。
 
「なにこれ!甘くて美味しい!!」
 
ボキャブラリーは少ないが、とにかく全身を使って感動を伝える星咲。
そう、その姿がおれは見たかったのだ。
持ってきた紙コップに注ぎ、自分も一緒に飲むことにした。
くどい甘さだが、久々に飲んでみると結構美味い。
 
持ってきたみかんも渡したが、みかんは冷たいからという理由で
やんわり拒否され、とりあえず置いていくことにした。
 
すっかり元気になった星咲に、お前だったら雪を見て犬のように
はしゃぎまわると思ってたんだけどなと言うと、また悲しそうに目を伏せた。
何かまずいことを言ったかと慌てて弁明の言葉を探していると、コップを持った掌を、
星咲の柔らかい掌で包み込まれた。
 
突然のことに軽くパニックに陥りそうな身を平静を保とうと努めた。
おれは保護者、こいつは子供、おれは保護者、こいつは子供、おれは保護者…
 
「雪を初めて見たの」
 
いつもより低い声の星咲にびくっとする。
あんまり降らないからな、と言うと空気を含んだ声でそうなんだと返された。
 
「ユキホちゃんも、私も『ユキ』って名前が入るからね。
 なんとなくお揃いだと思って、本では見たことがあったし、
 雪に対しては結構特別な感情を持っていたんだ。

 それで昨日外にいた時に雨よりも質量のあるものが落ちてきて、
 あ、これが雪なんだって、すごくびっくりしたし、嬉しかったの。
 もっとよく見たくて掌に落ちてくる雪を観察しようと思ったんだ、そしたら―」
 
水になってしまった、と。
それを聞いて当たり前だろと思った。
嘘だろとも思った。まさかこいつはそんなことで落ち込んでいたのか。
 
「雪って儚いんだね」
 
その言葉で星咲の本来の目的を思い出す。
シノサキユキホを探すためにはるばる地球に来た星咲。
いい線までいきそうになったが、結局人違いで、また振り出しに戻ってしまった。
 
詩人的な気持ちはわからないが、自分の手から水になってすり抜けていく雪に
何かもの悲しさを感じたのかもしれない。
星咲はなんにでも感動する、心の綺麗な奴なんだ。
 
でもこのままじゃいけない気がする。
 
 
「もしかしてそれから篭って、外見てない?」
「うん…」
 
この空間を手放すのは惜しかったが、星咲が暗いのはもっとよくない。
コップを置き、戸を大きく開くと相変わらずの銀世界。
雪乃の大きな瞳に積雪の光が映り込む。
 
「すごい、これ全部」
「降る雪を手元に残すのは容易じゃないけど、これだけあればさ、掴めば固まるし、
 あったかくなったらそりゃまた溶けちまうけど、それでもさ…」
 
ユキホちゃんは知らないけど、お前の名前にも入ってる雪なんだから。
そんな風にお前を悲しい気持ちにさせるものだと思って欲しくないんだよ。
上手くまとまらないし、こんな臭い台詞口に出しては言えないけどさ。
 
「溶けたって残るんだよずっと」
 
水になって花になって…なんて、そんなことは言いたくない。
だって星咲は理屈で語らなくたってその綺麗な感性で全て享受してくれるから。
雪を掬い上げた星咲の頬が染まっていく。
 
靴を履くと、バッと広い山の敷地を駆け出した。
ぽかんとしてるおれを置いて、駆けていく星咲はやっぱり…変な奴だ。
雪の床に新しい跡をいくつもつけて、くるくる回って笑っている。
 
「高宮ジョーくん!」
 
大声で間違った風に人を呼ぶ星咲に、こっちもなんだと大声で呼びかける。
 
「残るって…この雪も景色も此処であったことも全部!?」
 
そうだよ!と大声で言えば、
無邪気に笑う星咲の顔と声が見て取れた。


 

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