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2015/12/07

いとが見えました

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ったのは私からだ、彼は二つ返事で了承してくれた。

この日ほど神に感謝したことはない。
彼と出会ったときに身体の一部が引き攣るような感覚に陥ったことは記憶に新しい。
身体が攣ったわけではない。
そう、あれは言うなれば何か見えない糸で引っ張られるような――
 
名前は塚原拓弥くん、というらしい。
偶然 隣の席の男子が塚原君と同じ中学校の出身だったらしく教えてくれたのだ。
 
彼の存在を知ったのは5月の終わり頃。
高校生活にもだいぶ慣れてきた私は授業で手を抜くことを覚え始めた。
ワークさえやれば点数が取れるものなら、板書さえ出来ていれば良い。
授業態度に影響を及ぼさない程度に真剣に取り組むことこそが賢明だ。
 
そんな感じで窓際の席だった私はぼんやり中庭を見ていることが多くなった。

金魚が住んでる(アメンボが大発生してる)小さな池。
雑草に侵食された花壇。
歴史を感じさせ過ぎてもはや解読不可能な石碑。
 
変化のないそれらをただぼんやり眺めていた。
そんなある日、中庭に迷い猫が入り、さらにその猫が金魚を獲ろうとして
池に落ちてしまったことがあった。

マズイ

私のいる教室は3階で、とても間に合わない。
その時、移動教室中の生徒達が通りかかった。
そこで窓を開けて大声で生徒の群れに呼びかけた。
 
「誰かー!猫が池に落ちちゃったの!助けて!」
 
授業中だったけど、かまわない。
突然の私の大声に驚き、教室中の生徒が窓際に集まってきた。
私の声を聞き、すぐさま池に向かった男子生徒がいた。

だが、彼以外の男子数名がわっと池の方に駆けて行こうとしたため、
狭い通路で彼は転倒してしまった。
結局、猫は別の男子生徒が三人がかりで救出してくれた。
 
濡れた猫を高く持ち上げ、こちらに向かって手を振る彼らに拍手や歓声が上がる。
その様子に彼らは誇らしげに笑っていた。
 
そういえば、とさっきの転んだ彼を見ていると起き上がって離れたところから見ていた。
誰にも注目もされてない彼だったが、猫を見て満足そうに目を細めていた。
よく見ると転んだせいで学ランのあちこちに砂がついていて妙に痛々しい。
 
助かった猫を確認すると、彼は足早に校舎の中へと入っていった。
 
なんでだろう、この気持ち。
 
直接猫を助けてくれたのは間違いなくあの三人で、
彼は言わば役立たずなのに。
なんでこんなにドキドキするんだろう。
 
「さっき転んでた奴だっせー」

「アイツ俺と同じ中学だよ」
 
「なんて子?」

隣の席で談笑していた男子群の一人に詰め寄るように問えば塚原拓弥くんだと教えてくれた。

それから私の頭の中は塚原くんのことでいっぱいになってしまった。
隣の男子に塚原くんのことを聞けば快く話してくれた。

性格は大人しく目立つ方ではないが、優しい人だということ。
中学では野球部だったこと。
背中にセミをつけたまま登校してきてしまったときがあり、
そのことを伝えると背もたれに当たらないように物凄く姿勢よく授業してたとこと…
 
すべてが愛しいと思った。
塚原くんと同中だった男子が聞かずとも教えに来てくれることもあったが、
もはや他人から聞く彼の情報だけでは満たされない自分がいた。
 
―塚原くん本人と話してみたい。
 
日に日にその思いは強まり、彼と二人きりになれるチャンスを伺った。
彼の掃除の担当は人気の少ない教室だった。
さらに二人一組での当番だったため、
うまくいけば一人きりになった彼と出くわすことができるかもしれない。
私はその時に賭けた。

それから一週間後。
彼と一緒に組んでいるよっちゃんとあだ名されいている男子が休みだということを知った。
チャンスだと思った私は自分の担当場所を素早く清め、塚原くんを待ち伏せた。
 
廊下にゴム履きの音が聞こえる。
塚原君のものだという確信を持った。
 
偶然を装い、彼の前に姿を現す。
遠くで見るよりいい男だと思った。
ちょっと寝癖がついた前髪とか、奥二重な瞳が可愛い。
 
見つめすぎたのか彼が視線を逸らしつつ会釈した。
 
ああ、いけない行ってしまう。
とっさに彼の腕を掴んでしまった。
ビクっと体を震わせて彼が振り返る。
それとほぼ同時に出た言葉に、自分の口から出たものだとしても驚いた。
 
「付き合ってくれ」

言っちゃったと思ったが、ファインプレーだとも思った。
遠回りな恋なんて面倒くさい。
好かれるまで待つだなんてそんなの私にはできない。
 
彼は短く息を吸い込むとスっと止めてしまった。
酸欠故か唐突な告白故か、彼の顔がみるみる赤く染まっていった。
次の酸素を入れる前に頷いて、大きく呼吸をしながら教室に戻っていってしまった。
 
私も私でぽかんとしてしまったが、ニヤニヤが止まらない。
腕を掴んでいた指先が熱い。 
 
頷いてくれたということは、つまり今この瞬間から彼は私の恋人となったのだ。
頭からつま先までピンと張ったような感覚がした。
放課後がもう楽しみだ。
 
 
明日で付き合って半年になる。
特別彼にそういうことを求めたことはないし、言ったこともない。
ただ私が一方的に認識しているだけに過ぎない。
 
この半年、彼と私はデートはおろか手を繋いだことさえない。
一緒に帰るだけで満たされていた。
ホームでする少しのお喋りだけで私はとても幸せを感じていた。
 
塚原君に直接好きだとか、そもそも彼の気持ちを確認したことは一度もなかった。
彼との出会いを運命だと思ったし、 
私たちは赤い糸で結ばれていると本気で思っていた。
会話も少ない熟年夫婦のような関係。
 
彼もそう思ってくれているからこその
この関係なのだと勝手に思い込んでいた。

だけど
 
私はもっと若さを謳歌したい。
ちょっとかっこいい言い方をしたけど、本心はもっと下衆いものだった。
塚原くんは、もう何もかも私好みなのだ。
 
顔も、声も、性格も、身体も。
 
だが、この特別な関係にヒビが入ることを恐れていた。

信頼してるからこそのプラトニックな関係。

ちょっと確かめたくて、私は彼にいつもとは一風変わった質問をしてみることにした。
 
「ねえ、君は私が何を考えてると思う?」
 
そう問うと、彼はまた短く息を吸って、止まってしまった。
なんだか怯えた表情をしている。
どうしてそんな顔をするのかさっぱりわからない。
 
塚原くんはびっくりすると息を止めてしまう癖があるらしく、
放っておくと どんどん顔が真っ赤になってしまう。
可愛い。
 
そのままにしておくわけにもいかないので、ポンと肩を叩くと
ひどく咳き込んでしまった。
追い打ちかけるのはどうかなあと思ったけど「わからない?」と声をかけてみた。
待つのは嫌いなんだよ、ごめんね。

すると彼はこう言った。
 
「いとがみえない」
 
今度は私の呼吸が止まりかけた。

糸が見えない?
 
私はこんなにハッキリ見えているのに?
 
少し泣きそうになってしまった。
顔を背けると慌てた声で「ごめん、わかんなかった」と続けられた。
その言葉に、『質問の意図がわからない』のかと納得した。
 
「別にいいんだよ」
 
笑いながら言ったけど、なんだか寂しかったし、
自分に言い聞かせているような気がした。
もしかしたら、赤い糸が見えました、なんて思ってるのは私だけなんじゃないかと。
 
電車が来た。
何か言いたそうにしている彼を尻目に颯爽と車両に乗り込んだ。
 
揺られながら考える。
さっきのマイナス思考を頭の中で蕩かした。

そういえば塚原君は告白の理由とか聞いてこないな。
聞かれるものと思ってたんだけど。
そしたら言うのに、あの時ハッキリとね
 

私にはが見えました
 
 
もっと積極的に行動しなきゃいけないな!

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